プロローグ

むかしむかしの大昔、インドの霊鷲山(りょうじゅせん)というお山の頂にて、永い間瞑想をされておられたお釈迦さまが、スクッとお立ちになると傍にいた多くのお弟子やご信者に向かってお話をはじめられました。
「私が悟った真理は大変深いもので、悟ったもの同士が理解し合えるものであり、いまのお前たちには理解しがたいものである。しかし私は迷える多くの衆生を救うためにこの世に生まれてきたのだから、悟りによる智慧と慈悲の思いで譬喩を使いながらでも教え導こう。ただし、これまで私が説いてきた数々の教えは、これから説く教えのための準備的なものであり、方便として受け止め、これから述べる教えをけして疑ってはならない。それほど難信難解なものであることを心しておくように。」
と、お釈迦さまの悟りの広大無辺な智慧と、私たち衆生を悟りの世界へと導こうとされる、深い慈悲の世界を説き始められたのでした。それは今までの誰もが聴いたことのない不思議な素晴らしい教えでした。
しかし、その教えは修行を積んで理解できたほんの一部の修行者だけの記憶にとどまり、教典の原型として文字になるには200年ほどが必要でした。そして仏教は文字という形になって広く伝わるようになりました。

後にインド西北部ガンダーラ(今のペシャワール)地方で画期的な出来事がおこりました。
はじめて仏像が造られ祀られ祈ることがはじまったのです。それが大乗仏教の起こりです。その代表的な教典が妙法蓮華経、サダルマ・フンダリーカ・スートラ、略して「法華経」なのです。
しかしそこに至るまでには真実を求め、慣習や迫害と戦いながら教えを広め伝え守った多くの人々の、想像を絶する苦しみと安穏に至る壮大なドラマがありました。